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江戸の文化や歴史について学ぶブログです

History005:お救い小屋

今日は、御救小屋について記載してみようと思います。

江戸時代では、凶作や災害が発生して、食糧不足になると幕府や藩は、御救小屋というを設置し、そこに困窮している民衆を集めて食事などを与えていたそうです。 ですが!!! 様々な文献を見るとどうやら、あまり機能してなかったようです。確かに機能していたら、百姓一揆や、大塩平八郎の乱が起きなかったでしょうね。

まとめ

  • とくになし。。。

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History004:江戸の大火

今日は、江戸の大火について記載してみようと思います。

少し調べてみたところ江戸時代には、大火100件以上あったそうです。火事ではなく大火です。どうやら三年に1回の周期で大火が発生していたようです。 その中でも比較的被害の大きい大火が三つあったそうで、それを江戸三大大火と呼ばれているそうです。 それぞれの大火には、名前がついていて、明暦の大火、明和の大火、文化の大火と言います。 さてそれぞれの大火は、どのようなものだったのかを少し見ていきたいと思います。

明暦の大火(1657年) 別名:振袖火事

1657年に2日間にかけて江戸の大半が、萌えた。別名、振袖火事とも言われている。 この火事で江戸城を消失。死者約10万人と言われている。江戸時代では、最も大きな災害とも言われている。 ※なぜ振袖火事といわれているかを諸説はたくさんあり、インターネットの文献だと限界があるため改めて調査する予定です。

明和の大火(1772年) 別名: 行人坂の火事

1772年に発生した大火です。目黒行人坂の大円寺から出火したため、行人坂の火事または目黒行人坂の火事とも言われている。 なんと出火の原因は、真秀という坊主による放火だった。ちなみに真秀同年捕縛され、市中引き回しのあと小笠原で火刑となった。 死者約1万人と言われていている。江戸城下の武家屋敷が多数消失した。

文化の大火(1806年) 別名:車町火事, 牛町火事

1806年に発生した大火です。丙寅の年に出火したため、丙寅の大火とも呼ばれている。 出火の原因は、不明。芝高輪の材木座から出火したと言われている。 死者は、1200人と言われている。

まとめ

  • 江戸時代は、3年に一回大火に起きていた
  • 明暦の大火で江戸城消失。
  • 明暦の大火は日本史上、最大の大火であった

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History003:江戸の範囲を現在の東京都に重ねてみた

前回(History002:江戸とは...? Part2)の記事で江戸の範囲に触れました。 誤解を与えるような記述をしてしまったかもしれません。

今日は、Wikipediaに記載されていた朱引図ページの情報を元に江戸の範囲を現在の東京都の白地図に境界線を記載してみました。

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予想していたよりも、江戸の範囲って東京23区よりも小さいと言ったところでしょうか。

まとめ

  • 江戸の範囲を現在の東京23区に表すと次の通り
  • 全域
  • 境界域

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素材について

History002:江戸とは...? Part2

今回も江戸について調べたことを記載していきます。

江戸とは

前回は、そもそも江戸ってなんだろうってことで、時代としての江戸ついてまとめてみました。 江戸は大きくわけて二つにわけられ、まず時代としての江戸。そして地名としての江戸です。 今回は、地名としての江戸についてかいてみたいと思います。

地名としての江戸について

単純に考えたら地名としての江戸といえば、今の東京都全域がそのまま江戸だと思っていましたが、違ったようです。 どうやら江戸の範囲は、1818年に江戸幕府が「江戸朱引図(えどしゅびきず)」を公開するまでは、 武士、農民、商人のそれぞれで江戸境界や範囲については共通の認識がなかったそうです。 1603年から1818年までの215年間は、明確な江戸が定義されていないとは驚きですね。

江戸朱引図によると江戸の境界線は、以下通りらしいです。

江東区(亀戸まで)
墨田区(木下、墨田村まで)
荒川区(千住まで)
北区(滝野川村まで)
豊島区、板橋区 (板橋村まで)
渋谷区(代々木村まで)
新宿区(角筈村、戸塚村まで)
品川区(南品川宿まで)


引用:
 タイトル:朱引 - Wikipedia
 著者:Mzaki氏, ShikiH氏, Mizuhara gumi氏, Htks氏, 英丸氏, Yuichirou氏, Greeneyes3氏, NOWOW氏, 119.105.137.118, TAMA氏, 相模原の人氏, Lakebuel氏
 URL・年:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%B1%E5%BC%95

まとめ

  • 江戸開幕から、215年間もの間江戸の定義は明確でなかった
  • 1818年に江戸幕府が、江戸朱引図(えどしゅびきず)を公開して始めて江戸の範囲が明確になった

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History001:江戸とは...? Part1

江戸について調べたことを記載していこうと思っているのですが、その前にそもそも江戸ってなんだろうって疑問に感じまして簡単に調べてみました。 ある日突然道端でアメリカ人に「エドッテナンデスカ?」って聞かれても答えられるようにしてみました〜。(ないけど...)

江戸とは

江戸を説明するにあたり少し整理してみました。その結果、江戸は大きくわけて二つにわけられるのではないかと思います。 まず時代としての江戸です。もうひとつ地名としての江戸です。今日は、時代としての江戸についてかいてみたいと思います。

時代としての江戸について

日本の歴史としては現代に至るまで18の時代を経ています。

1.石器時代 → 2.縄文時代 → 3.弥生時代 → 4.古墳時代 → 5.飛鳥時代 → 6.奈良時代 → 7.平安時代 → 8.鎌倉時代 → 9.建武の新政 → 10.室町時代 → 11.南北朝時代 → 12.戦国時代 → 13.安土桃山時代 → 14.江戸時代 → 15.明治時代 → 16.大正時代 → 17.昭和時代 → 18.平成時代

江戸時代は、日本の歴史の中では14番目にあたります。西暦で言えば、1603年から1867年までと264年間と約二世紀と非常に長い歴史をもつ時代です。 また徳川家康が初代将軍になり、江戸の地に幕府をおいたことから江戸時代とも言われそうです。

以上、時代として江戸の説明でした。次回は、地名としての江戸をつづりたいと思います。

まとめ

  • 日本の歴史の中では14番目にあたる時代
  • 江戸時代は、246年と約二世期にわたる
  • 江戸幕府始まりと終わりの時代

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