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江戸の文化や歴史について学ぶブログです

History004:江戸の大火

今日は、江戸の大火について記載してみようと思います。

少し調べてみたところ江戸時代には、大火100件以上あったそうです。火事ではなく大火です。どうやら三年に1回の周期で大火が発生していたようです。 その中でも比較的被害の大きい大火が三つあったそうで、それを江戸三大大火と呼ばれているそうです。 それぞれの大火には、名前がついていて、明暦の大火、明和の大火、文化の大火と言います。 さてそれぞれの大火は、どのようなものだったのかを少し見ていきたいと思います。

明暦の大火(1657年) 別名:振袖火事

1657年に2日間にかけて江戸の大半が、萌えた。別名、振袖火事とも言われている。 この火事で江戸城を消失。死者約10万人と言われている。江戸時代では、最も大きな災害とも言われている。 ※なぜ振袖火事といわれているかを諸説はたくさんあり、インターネットの文献だと限界があるため改めて調査する予定です。

明和の大火(1772年) 別名: 行人坂の火事

1772年に発生した大火です。目黒行人坂の大円寺から出火したため、行人坂の火事または目黒行人坂の火事とも言われている。 なんと出火の原因は、真秀という坊主による放火だった。ちなみに真秀同年捕縛され、市中引き回しのあと小笠原で火刑となった。 死者約1万人と言われていている。江戸城下の武家屋敷が多数消失した。

文化の大火(1806年) 別名:車町火事, 牛町火事

1806年に発生した大火です。丙寅の年に出火したため、丙寅の大火とも呼ばれている。 出火の原因は、不明。芝高輪の材木座から出火したと言われている。 死者は、1200人と言われている。

まとめ

  • 江戸時代は、3年に一回大火に起きていた
  • 明暦の大火で江戸城消失。
  • 明暦の大火は日本史上、最大の大火であった

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